何とかなるという安心感

Kです。
こんばんは。
日本という国は、かなり生きにくい国です。
昔はそうではなかったはずですが、残念ながら、現在の日本は明らかに生きにくいです。特に経済的に不利な人には厳しい国になってしまいました。
社会保障は確かに充実はしています。
しかし、それにありつくまでに結構なハードルがあったりします。
他ならぬ僕も、何年か前までは生きづらくて本当に辛い状況にありました。
チャットレディの希望者でも、数は多くありませんが、やはり生活に困窮しているという人はいます。
僕もその気持ちはよく分かります。
ただ生活が苦しいだけならまだいいんですが、生活が苦しいと生きにくいんです。
この意味は、味わった人じゃないと分かりません。
昔はほとんどの人が貧乏だったので、多少生活が苦しかろうと、それが原因で自殺するところまではなかなか行きませんでした。
日本で自殺が多いのは、ただ経済的に困窮していて生活が苦しいからというだけでなく、生きる希望が見出せないからです。
その一つの引き金として、生活苦があるだけです。
生活苦そのものは、将来が明るければ、周りが明るければ、耐えられるんですよね。
社会保障に頼るのも一つの手ではあります。
社会保障を正しく享受するためにも、それなりの知識と情報が必要です。
その知識と情報を得て、誰かに守ってもらいながら生きていく道は確かに残されています。
でも僕は、その道では明るい未来には到底たどり着けないと思っています。
明るい未来にたどり着くためには、自分で自立するのが一番です。
社会保障なんか、いつ状況が変わるか分かりませんよね。
先月までもらえていた何とか手当が、今月から支給されなくなったと言われても、そのときには自分ではどうすることもできないわけです。
僕は生活が苦しいとき、社会保障の救いを求めることを考えました。
でもできませんでした。そもそもその受給資格がなかったことが一番大きいです。
いろんな人に助けを求めようとしましたが、結局叶わずに最終的に自分で何とかするしかありませんでした。
他人や社会に助けを求めていると、それに大きく左右されます。
とにかく待たなければいけないんです。
待って、それが与えられるかどうかの保証はないわけです。こんな怖いことはありません。
僕は当時個人事業で仕事をしていて、一つ実感したことがあります。
それは、自分が頑張ればどうにでもできる安心感は、半端じゃないということです。
これが他人に依存して生活している場合だと、まるで状況が変わってきます。
どこかの従業員だったり、親元で暮らしていたり、あるいは社会保障に守られて暮らしていたりすると、苦しくなったときに自分ではどうしようもないわけです。
頑張りたくても頑張りようがありません。
ところが、自分で何とかできるようだと、本当にどうにでもなるんです。
もちろん自分が頑張らないと、苦しい結果が待っているという恐怖感はあります。
それでも、自分がどれだけ頑張っても、他人のせいで苦しい思いをするということはなくなります。
この安心感はものすごいものがあります。
どんなに辛くても、最終的には自分が頑張れば何とかなる。これだけでかなり気が楽です。
僕は女性が自立する手段の一つとして、ライブチャットを勧めています。
大真面目に勧めています。
これは、女性にのみ許される職業であり、かつ工夫がそのまま報酬に跳ね返ってくる非常に優れた仕事です。
しかも、そこから取り出せるノウハウは、恐ろしいほどに高度です。
僕はライブチャットだけで身を立てて欲しいと思っているわけじゃありません。
ライブチャットという仕事を土台にしてほしいと思っています。
ここにはすべてが詰まっています。
やれば何とかなるという安心感を得てください。
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今どうしようか迷っている人は、とりあえず意思表示だけでもしてください。メールか、問い合わせフォームで送ってもらえれば、意思表示と見なします。
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どうにも決めかねているとか、ものすごく淡い興味だけを持っている場合は、とりあえずメルマガには登録しておいてください。
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コメント
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一皮向けた気分です。
この私が、自分の頑張りでどうにもなるのだと思えているのですから。驚きです。
おんぶにだっこ、意思のなかった私と、少しずつ決別しています。いや、実はもうできているのかもしれません。
だけど、当の本人である私には、案外気づかないんです。
というよりは、気づかないようにしている……という方が正しいかもしれないですね。
変化は怖いからです。
だけど、変化こそが生きている証です。
昨日と同じことをして過ごせば、とりあえず生命維持はできます。呼吸はしていますし、細胞は日々入れ替わっています。だけど、コアは古びていく気がします。
受動的な生き方は、私を内部から錆びさせます。
たぶん、それをずっとしてきました。
そんな自覚もなくです。だけど、無意識ながらにそんな自分が良くないとも思っていました。
人生ってこんなものなのだろうなと、半分も生きてないのに生意気に思ったりしたこともありました。
変えようと思えば今から変えられます。
意識の持ち方ひとつです。
社会保障の話も同じだと思います。
色々な人がいらっしゃるので一概に言えないけど、初めからそれありきで考えていると心もとないのだろうなと思いました。本来は、自分の生活を送りながら、補助としてあればいいな、という心構えでいられたら楽ですよね。
それを許さないのが今の日本なんでしょうけど……。
嫌な記憶に囚われてるところがあったけど(考えたくなくても浮かんでくるなど)
今に集中することでそこから離れられている実感が持てた。この感覚を大事にして、その繰り返しで生きていきたい。