調べるな

こんばんは。
Kです。
「私はなぜ上達しないんでしょうか?」
こういう質問が度々来るので、今日はそれについて僕が一つの答えを差し上げることにします。
今日のこの記事も、人によっては一発で理解して、読んだその日から動き方が180度変わりかねないとてつもない内容を含んでいます。
もしかしたら将来メルマガ読者限定の記事に切り替えるかもしれません。
では早速行きますね。
なぜ上達しないんでしょうか?
その一つの理由は、これです。
調べすぎです。
「えっ、勉強するのはいいことなんじゃないんですか?」
と思う人もいると思います。
勉強するのはいいことです。無条件にいいことですね。
でも、勉強の仕方は考えた方がいいです。
最近の人は、勉強する=調べることだと思っています。
これは完全に間違っています。
僕はこのブログにすでに夥しい量の情報を載せています。
ライブチャットのことはほとんどここだけでケリがつくレベルの量を公開していますが、これをノウハウとして読んでいると「結局何をしたらいいの?」という疑問だけが残って終わります。
読んで考えてほしいんです。
勉強というのは、調べることじゃありません。
特にインターネットで調べるのが当たり前になってからは、とりあえずググれば何とかなるという考え方が蔓延していますよね。
これがさらにバカ製造機を作り出していることに気づかないといけないんです。
「調べるな、考えろ」
なんです。
なんでもとりあえずGoogleで調べていたら、何の実力もつきません。
ああ、検索スキルは上がりますけどね。
検索スキルはないよりはあった方がいいですが、それは自分の実力じゃないんですよ。
分からないことがあれば、とりあえず調べる。
これは初心者がやることです。
学校で言えば、小学生の低学年がやることなんじゃないでしょうかね。
分からない言葉が出てきたら辞書や百科事典で調べるという感じです。
調べたら、「あー、分かった」で終わります。
知識欲を満たして終わりなんです。
チャットモデルとして大成したいのであれば、情報収集で勉強を終わらせていてはダメだということです。
情報は随時収集しておいて、頭の中に蓄積していってください。
そして、分からないことや容易に解決できない問題が出てきたら、そのときに頭の中の知識を総動員して考えまくることです。
これが本当の勉強ですよね。
もっと言えば、ここで導き出した答えというのは「仮説」なので、その仮説を検証するために実験が必要になります。
ここまでやれたら、後はもう繰り返しです。
僕がやっているプログラミングの仕事も、最近は何でもGoogleで調べる連中ばかりですが、はっきり言ってそれでは何の実力もつかないんですよ。
Google検索が当たり前にできる時代に生まれている人はある意味不幸です。
10年くらい前まではGoogle検索はできましたが、ほとんどまともな結果が返ってこなかったので、結局本を買って読みまくって限られた情報源の中から推理して答えを導き出すしかありませんでした。
しかしこれをせざるを得なかったことで、僕は当時相当に鍛えられました。
何でもその都度調べれば何とかなると思っていると、いつまで経っても実力がつかないことを知ってください。
ついでなのでもう一つ書いておきます。
調べる代わりに人に聞くというのがあります。
これも全く同じですね。
仕事で言えば、分からないことはさっさと人に聞いて解決しろというのがセオリーです。
しかし、本当に抜きん出て大きな成果を叩き出せるような実力を得たかったら、人に聞くのは最終手段だと思った方がいいです。
強烈にストイックに行くなら、もはや他人に相談した時点で負けが始まっていると考えてもいいくらいなんです。
お手上げだから相談しているわけですしね。
そのくらい自力で考え抜いて自分で答え(仮説)を導き出すという作業は重要だということです。
同じ聞くのでも、
「○○についてどうしても分かりません。答えじゃなくてヒントだけ1つもらえませんか?」
という聞き方をしてくる人がいます。
こういう人はうまいですね。
僕に質問するのはいくら質問してもらってもいいんですよ。それを否定しているわけじゃありません。
ただし、少しでも成長したければ、まずひたすら自分の頭で考え抜くことが大事だということです。
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ノウハウとして読むか、知識として読むかで定着率は変わると思います。
ノウハウとして読むと、「もっとくれや」となります。
知識として読むと、「次の話ちょっと待って、もうちょっと考えさせて」となります。正反対に思えます。
思えば、ケータイを持たなかった中学生の頃まで、不自由していませんでした。今からは考えられないのですが。
ケータイを持つようになり、それがスマホに進化し、ネット環境が整った今、聞きたくもない情報もたくさん聞くようになりました。ネガティブ要素が増えました。
ゆっくり、突き詰めて考える時間。
一人で、少ない材料を元に一生懸命考える時間。そういうものを、中学卒業までの自分は持っていて、そういう時間が私の核を作っているのだろうと思います。
だから、今時の子にしてはケータイを買ってもらうのが遅かった私は、案外幸福なのかもしれません。
私の母は、今や化石に近いガラケーを粘って使い続けていましたが、ついに壊れて以来、ケータイを持っていません。買うつもりもあまりなさそうで、本人はむしろ楽だと言っています。
母は、ネットを全く使いませんが、色々なことを知っています。それでいいのだと思いました。過去の読書や経験からきた知識がたくさんあります。バリバリネット世代の子どもたちに劣ることはありません。
ネットの話ばかりになってしまいましたが、今の世の中を生きる私たちにとって一生涯つきまとう課題は、情報の取捨選択と、余計なものを見ない心の強さだと思います。
2020年に、
「すべての仕事は仮説検証である」
という言葉を、何名かから聞きました。
この記事は、全く同じことを言っていたのかと繋がりました。