ライブチャットは私には合わないと思う人

こんにちは。
Kです。
もう、こんなにたくさんこの手の記事を書いてきました。
いったいどれだけの時間、この手の人たちと僕は戦ってきたか。
そのくらい多いんですよ。
「私はチャットに向いていません」
と言ってくる女性です。
あー、分かった、分かった。
はいはい、向いてません。
あなたにはライブチャットなんて向いていません。だから、もうやらなくていいです。
これは僕の本心です。
向いていないと思うのなら、やめたらいいですね。
私はライブチャットには興味があったけど、合わなかったみたい・・・と思うあなたには、この記事を捧げます。
やらなくていいと思いますよ。ライブチャットなんて。
何でもそうなんですが、合わないとか、向いていないということを言い出す人は、実は本心からそれが好きなわけじゃないんです。
100%そうです。
本当にそれが好きで、やりたくて仕方がないという人は、自分が向いていないだととは夢にも思わないし、仮にどうしても上達が見られなくて挫折しかかりそうになっていても、向いていないということを認めたくないと思うものなんです。
ちょっとやって、向いていないと感じる人はたくさんいます。
向いていないのならやめたらいいんです。
それはなぜですか?
本心からそれが好きなわけじゃないからです。
実はそれが好きじゃなかったということを今さら言えないので、「向いていなかった」「合わなかった」ということで、仕方なく諦めるという選択ができるように仕向けているんです。
僕は無理強いするのは趣味じゃないので、ライブチャットなんかやりたくないという人にまでやらせたいとは少しも思っていません。
ブロッコリーが嫌いな子供には無理にでも食べさせるかもしれませんが、ライブチャットの仕事は、別にやらなくても害にはなりませんからね。
ライブチャットをやらないから栄養失調になることもないです。
だからいいのです。
ここ何ヶ月かずっと説明していることなんですが、この手の「向いていない」とか「やる時間がない」とか、妙な言い訳を並べてくる人は、実は誰よりもライブチャットをやりやすい環境にある人だったりするんです。
PCが手元にありながら、誰に邪魔されるわけでもないくせに、やらない理由をどんどん作っていきます。
やらない理由を探している時点で、心の奥底では、それをやりたいことだとは認識していないんですよね。
ライブチャットに限らず、およそすべてのことに当てはまることです。
向いていないと考える人は、それが好きじゃないと言っているのと100%と同義なのです。
楽器の演奏が好きな人は、自分がどれだけ上達しなくても、好きなものは好きで、向いていないとは思っていません。思いたくないんです。
どうにしかしてうまくなりたいといつも思っています。だから続けるわけです。
この際だから言っておきますが、物事に向きとか不向きとかないんですよ。
特殊なスポーツじゃあるまいし、ないですね、そんなの。
不向きということをやらない理由にする人は、すべての選択を自分に向いているかどうかで判断し始めます。
こうなったら、人生終わりますよ。
自分に向いているかどうかなんて、本格的にやってみないと絶対分からないことなんですから。
つまり、本格的にやらないのだから、挑戦しないということです。
挑戦しない人生というのは、過去に経験してきたことの既定路線をずっと生きているだけであり、それはもう死んでいるのとそう変わりません。
別にいいと思います。
価値観はそれぞれなので。
僕は昔、子供の頃、ある武道をやっていました。
もうその稽古が嫌で嫌で仕方がありませんでした(笑)
最後僕が辞めた理由は何だったか。
「僕には合わなかったら」
です。
んなわけないんですよね。
嫌いだったんですから。向いていないとかいう以前に、やりたくない、好きじゃなかったんです。
しかし、「私には向いていないから」という理由を言う人が世の中にどれだけ多いことか。
今日からいつも言い換えてください。
向いていないと思ったら、それは好きじゃないのと同じなんです。
好きじゃないのだから、どうどうとやめたらいいです。
やめろやめろと言っているように聞こえるかもしれませんが、逆ですよ。
ピュアリンクのサイトでライブチャットのことを調べまくっている人は、それが好きで仕方がないはずなのですから。
自分では気づいていないだけです。
こんなに面白いことが世の中にあるのかと、何となくながらに理解し始めているから読み続けているんですよね。
こういうのは例はいくらでもあるんですよ。
「あなたはこの仕事は向いていないから、総務に転向するか、解雇するかどちらかになる」
僕がかつていた会社で、プログラマを志向していた新入社員の女性が勧告された言葉です。
彼女は退職した後、何と別の会社で堂々とプログラマになって僕に連絡してきました。
向いていないとか、本当にくだらない発想なんです。
それが好きで仕方がない人は、仮に他人からどれだけ「お前は向いてない」と言われようが、どうにかしてそれをやろうとするんですよ。
自分で向いていないと考える人は、やっぱりそれが好きではなかったと判断するのが極めて妥当だということですね。
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ライブチャット やりたくて仕方が無い派です(笑)
ライブチャットやりたいが為にどれだけお金を投資したかわかりません。
美容代、知識本、洋服代、照明、PC、ヘッドセットやwebカメラも何台買い換えたかわかりません。
やりたくてもできない環境にある方ともやりとりしてた時期もあります。
週に1~2時間しかチャットできないにも関わらず。
全ての知識 要素を集結させて チャットに入ります。
環境や身なりを整えるのに1時間以上かけて 毎日プロフィールもチェック
チャットしない時間 バックグランドでは毎日3時間以上使ってるでしょうか。
好きな人は そこまでしてもチャットに繋がらなかったとしても諦めません
一喜一憂せず淡々と毎日チャットに入ります。
生活の全てがまさにライブチャット脳なんです(笑)オタクですね。
もう 中毒です
やりたくなきゃやらななきゃいい
まさにその通りです。 人生楽しんだ者勝ちですから
やりたくでやりたくで ムラムラしてるモデルだけでいいと思います(卑猥な表現ですいません)
たぶん、人によってはこの記事を読んでムカつくのだろうなーと思います。もし私がまさにライブチャットに取り組んでいて壁にぶつかり、でも私には向いてないからと思いたくなったときにこの記事を読んだら、スマホを壊したくなるくらい腹が立つと思います。
でも、そこで腹をたてられるということはまだ、プライドを捨てていないことの証でもあると思います。
身内の話をします。
そもそも、諦めることを悪と思っていない人たちです。
何に対しても覇気がないだけなのかと思っていましたが、でも違うなーと思うようになりました。
たぶん、まだ本当に好きなことに出会っていないのだと思います。無論、それが言い訳になるわけではなく、同じ年数生きてる他人の中には、もうこれしかない!というものを堂々と見つけてきて取り組んでいる人たちもいるのですから、
自分は何を求めているのか探ろうとしない、そういう怠慢はあると思います。
ですが、人の生き方や切り替えのタイミングはそれぞれであり、口出しはときに悪だということもわかっています。だから私は彼らに何も言いません。
押しつけられることの悪を知っています。
時には、自分で気づかなければむしろ成長が遅れることもあります。それが、自分の人生を責任をもって生きることに繋がるのかなと考えました。
こんなに好きなのになんでって、恨みにも似た気持ちになるようになりました。
照明も小道具も服もいくつお金も時間もつぎ込んだかわからないし、色んなものを捨ててやってたのにって。
うまくいってる人からすると、多分私って全然何もやってなくて馬鹿で男性に魅力的な女性になりきれないし性格がクズだからきっと鼻で笑われるだろうなって思います。
普通に女性として生きていたら楽しくできるはずなのに、どうしてこんなに私の感じ方は頭がおかしいのだろうと思います。
セクハラされたらやっぱり殺意が沸くし、待機も繋がらなくてあれこれ新しいことを試して色んな映像で自分をを見せ続けて無料で映像を搾取されているみたいでつらいです。
チャットでうまくいかない女は社会的にもいらない女なのかなって思います。
チャットがうまくいく人はどこでもやっていける、そのくらいライブチャットはすごい仕事です。
そこでうまくいかないということはそのまま生きている価値がないんだなぁと自分に思います。
私は誰よりも勉強しやすい環境にいます。
他の学生さんたちと違って、一日中、早朝から夜までその為だけに費やせる。
だから、今の私は例え空元気でも、ハリボテの自信だとしても、それをやめるわけにいかないのです。
今日、勝負をして来ました。
最後は私との勝負でした。負けた…かもしれません。何をもって勝ったと言うのかによっては…
ですが、いちいち後ろを振り向きません。
私にとっての主戦場はチャット
稼げていなくてもそれを中心にやり続けるためには、余計なものを捨てないといけません。
最低限の生活費は、派遣でもバイトでもなんでもして生き残っていきます。